A Girl Like Me 5
齋藤飛鳥・単純な答え
生駒は乃木坂46を作り上げて、愛した。未開の地を切り拓いて、私たちに冒険の兆しを見せてくれたのだ。何人もの人生がこの場所で変わっていった。良いことだったかもしれない。悪いことだったのかもしれない。少なくとも、私は色々な所にぶつかりながら、20歳になった。生駒からセンターを引き継いだ白石と同じ年齢になった時、私は自分が何をできているだろうかと考えた。
その答えをふと見せられたような気がした。西野の卒業だ。年内でこの場所を去るというその決断。かつて、卒業を逃げだと感じていた私だが、この時は分かっていた。生駒が乃木坂46に道を切り拓いたように、西野は西野としての人生を切り拓こうとしていた。同時に、乃木坂46は私にフォーカスした動きを見せようとしていた。乃木坂46が世界進出を目指すという話は以前からあった。その第一歩として上海で行われる単独ライブでは、私が中心的な役割を担うことになっていた。紛れも無い乃木坂46の顔である西野ではなく。私は、西野がすでに過去の人のように扱われているように感じて、悔しい思いだった。時間は進む。私たちは、未来を作らなければならない。そう分かっていたとしても。
生駒が残したシンクロニシティという曲に対する私たちの思い入れは、いままでとは違ったように思う。生駒が乃木坂46のために最後にしたことは、乃木坂46を未来に繋ぐことだった。だからこそ、シンクロニシティは卒業の曲ではなかった。
生まれも育ちも全く違う私たち。それがひとつになって、感情を共有する。その様はまさに曲が歌うものだった。このタイミングで、運命は乃木坂46の進路上にシンクロニシティを配置した。それはあるべき姿であるように思えた。悲しみの中で、未来を思う。私はその渦中にいて、みんなの思いを感じていた。
シンクロニシティの振り付けはSeishiroさん。熱い思いを持った人だ。年末、レコード大賞のリハーサル前から、この曲に対する思いを共有し合った。私たちは、数え切れないほどの人たちの支えによってここまでやってきた。オーディションで落選していった人たちがいなければ、私はここにいなかっただろう。街中ですれ違う人が違っていれば、未来の形も全く違っていたかもしれない。活動前に辞退していった人たち、脱退を決めた人たち、卒業していった人たち……彼女たちはいなければならなかった。
リハーサルで振りとフォーメーション、カメラ割りや進行をチェックする。自分たちがパフォーマンスする光景をモニターで確認しながら、私は切ない思いだった。この瞬間は二度と訪れることはない。西野がいる乃木坂46の、2018年12月30日の、シンクロニシティのリハーサルはもうやることなどできない。みんな静かに涙を流していた。松村が呟いていた。「良い曲だね」。この瞬間に立ち会うためにこれまで歩んできたかのような、デジャヴュのような感覚だった。
入念な最終チェック。それは技術的なものではなかった。振りに表情が必要だと知ったのはいつの頃だっただろうか。久々にその頃を思い出した。動きをトレースするのではない。心の底から湧き上がる思いが動きを生み出すのだ。様々な人を思え。シンクロニシティのテーマだ。
本番。私たちは一番を獲りたかったのではない。ただ、いまこの瞬間、人のためを思っていた。思いが自然と溢れた。この瞬間が最初で最後だと思うと、愛おしく思えたのだ。初めてのことだったかもしれない、こんな気持ちになれたのは。
ガキだった頃の私では、抱き得なかっただろう。成長して、いまここにいるからこそ、メンバーと共鳴する時間に存在が許されたのだ。
大園はパフォーマンスが終わって、ずっと暗い表情をしているように思えた。ただ、何も言わずにそばにいた。私にとっても彼女にとってもそれが自然なことだったから。
Seishiroさんが涙を浮かべて私たちを迎えてくれた。それを見て、みんな感情が高ぶっていた。全員がみんなひとりの少女になっていた。
ずっと、私は私を探していた。乃木坂46のために何ができているのか悩み続けていた。自分の存在意義に疑問符を投げかけ続けてきた。それが、あの瞬間には、私は乃木坂46なんだと、誰ひとり欠けてはならないピースのひとつなのだと理解することができた。だが、言葉に表す術が私にはなかった。私の隣で大園がそっと口を開いた。
「乃木坂も悪くないな」
私の心はこんなに単純だったのか。そう思うよりも先に、彼女を抱きしめていた。ずっと探していた言葉だったのかもしれない。高揚感でおかしくなっていたのかもしれない。大園が愛おしく思えた。心の底から。彼女に暗い影を落としているのは何なのか考えていた。私と同じだったのだ。ずっと自分を見つめていた。自分というものは、自分を苦しめる。自分しか、真の意味で自分自身を救い出すことはできない。そう思っていた。だが、そうではないのだ。何のきっかけか、同じ場所に集まってきた。それまではお互いの存在など知る由もなかった。その誰もが私の一部だった。みんなが私の中の欠けたピースを埋めてくれているのだ。そして、私もまたみんなのピースを埋めている。この場所を認めることこそ、私を救い出すことに他ならなかったのだ。
涙が止まらなかった。大園を抱きしめながら、泣いていた。抱きしめ返す大園の手は温かかった。
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https://youtu.be/3zqLAfQXYZM